お金持ち程、寄附をする

2016.08.03.11:53

弁天町商店街を通ったら、弁天ワッセがやっていた。
商店街前の道路は昼間は歩行者天国になっているのだけど、その時間帯は道の真ん中にイロイロな雑貨や新鮮野菜などのお店が並んでいる。
今まで気付かなかったけど、ともの店もイベント出店していたのだ。


ともの店は前橋にある障害者雇用施設b型のお店で、トイレットペーパーやお菓子、そのほかを販売しているお店。
下小出にあるのだが、、、家から離れているので、あまり行く事はない。
前橋駅でもお菓子は買えるので、専ら駅で購入している。


出店には珍しく障害者と思われる男女が座っていた。
トイレットペーパー2ケ、かりんとう3ケ、ともの月3ケで2100円。
計算も素早く出来ていて、店番に全く問題ない。
暑かったので、さっさと帰宅。
へのかっぱだけど、少しはボランティア出来た?


商品購入にボランティアとは片腹痛いとおもわれるだろう。
私は物を買って消費する事もボランティアの一つだと思っている。
特に障害者が制作した、というだけで絶対購入したくない、気持ち悪いという拒否反応する人が一定数いるのも確かだ。


私の実家の近くに養護学校があって、先生(もしくは保護者)と生徒が正月前になると葉ぼたんが二つ並んだ白いプランターを売りに来ていた。
とても見事な葉ぼたんで毎年買っていた。
園芸店に行っても、あんな見事な葉ぼたんは売っていない。
今は引っ越したので葉ぼたんを買うことは無くなったが、、、


人は見かけに寄らず、凄い才能を持っている。


ともの店のかりんとうは子供が大好きで、私も結構好きだ。
310円と高い設定だが、原材料が国産なのでその点は安心できる。


最近は紗栄子が500万募金の銀行振込み済み用紙をblogに上げたことで売名と言われているが、、、
しない偽善よりする偽善の方が圧倒的に社会の役に立つと思う。
借金してまで福島に足を運んだ江頭といい、炊きだしの常連、石原軍団。
売名?
いや、違うだろ?
自分の懐痛めて、活動できるなんて仏じゃね?


海外ではお金持ち程ボランティア活動や寄附、チャリティパーティーが盛んだと聞く。
なんでだろう?


私が思うに、お金持ち程『名もなき人の力』というのを痛烈に感じているのではないか?と思う。
うまく言えないが、お金を作るのは自分の経営力やアイデア、資金力だけではないという事を悟っているのではないか?
勿論、単純に可哀相、助けたいという気持ちもあるだろう。
活動をすることで新しい人脈や情報が手に入る事もあるかもしれない。


それよりも
人は決して一人では生きていけない。
お金持ち程それを分かっているのではないか?
なぜって、人に助けられ、利用し、共存を認める事で財産を築きあげたのを覚えているから。


そんな当たり前のことなんだけど、私はよく忘れている。
物覚えが悪いなんてもんじゃない。
いつもすっぽり忘れている。


主婦に出来ることなんて、たくさんあるはずなんだけど、ちょっとしたお菓子を買うだけで社会貢献したつもりになっている。
自分に出来ない事は出来ない、だけど、お菓子を買うのは出来るんだから。
私に出来る事は月に何回かとものお菓子を買う事。


タイトルを逸脱してしまったが、ボランティアや福祉活動は人によって様々な受け取りが出来る。
自分の懐や時間によってなんらかの係わり合いを意識していくのもいいかもしれない。


私みたいなタイプは宗教には嵌まらない(*^-^*)
ある意味健全である。











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Author:たまねぎ牛
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